こんばんは!ichicoです。
たくさんのブログの中から見つけてくださり、ありがとうございます!
今回は【実録】シリーズで【別居から離婚をするために】というお話。
ここ数日、とても目まぐるしい日々を送っていました。その内容を今回も赤裸々に語ります。
離婚を考えている方、別居したいと思っている方、別居から離婚したいけど思うように話が進まない方、私の実録を見ていただき『こういう人もいるんだな』とひとつの参考にしていただければ幸いです。
え・・・?

10月22日のこと。
その日私は、知人(Aさん)と自宅で話をしていました。Aさんは私の気持ちを理解してくれて、度々話を聞いてくれる人です。
協議離婚がうまいこといかなかったことを聞いてもらい、これからどうしようと悩んでいたとき、Aさんの母親(事情を知っている)から私の携帯に連絡がありました。
そこで聞いた内容で、私は頭が真っ白になりました。
Aさん母「あなたの義父が言ってたんだけど、これから義父は弁護士雇って3人の親権取ってあなたをひとりで広島に帰らすつもりよ」
『え・・・?なんて・・・?私をひとりで帰らす?』
意味が分かりませんでした。
『義実家で協議をしたときは、「もう私らはなにも言わないので、ふたりで話し合って決めて」って言ってたじゃん・・・』
もう頭が真っ白です。
そうでなくてもこの数日前、私は精神的疲労が限界に達し倒れる寸前でした。そこから私は2日半寝込みました。
そこに追い打ちをかけるように今回の話。『どこまで追い詰めるんだ…』と頭を抱えました。
『このままじゃいけない』
私は非常に焦りを感じ、次の日、心療内科の相談員さんに相談することにしました。
今すぐ動く準備して

10月23日。
その日のお昼前、相談員さんと電話して、Aさん母から聞いた義父の発言を話しました。すると、
「すぐ動かんと親権取られるで。動こうか」
となり、まだ体が辛かった私は電話中も布団に横になっていて、どう動けば良いのかを漠然と考えていました。しかしその考えをふっしょくするかのように、相談員さんは言いました。
相談員さん「今から準備して何時ごろ動けそう?」
『今から準備?え、今日?』私の頭はプチパニック。
私「今?今日の話ですか?」
相談員さん「そうやで、今日。何時なら動ける?」
私「えっと…がんばったら14時?」
相談員さん「おお…結構かかるな!(笑)」
私「じゃあ、13時で」
相談員さん「わかった。じゃあ13時に〇〇で!」
そこからの私は今までの私とまったく違いました。
数分前まで布団に横になっていた私の頭はシャキッと冴え、体調もどんどん良くなっていきました。
テキパキと身支度をして、家の片づけをして、相談員さんとの約束の時間に約束の場所へ行きました。(3歳の次女も一緒です)
相談員さんが前々から私に話してくれていた、知人の弁護士事務所へ行くことに。約束は14時から。相談員さんがアポイントまで取ってくれていました。
以前記事にしましたが、法テラスには1度行ったことがあるので弁護士に会ったことはありましたが、本当の意味できちんと相談するのは今回が初めて。なので、少し緊張しました。
別居から離婚?

約束の時間に弁護士事務所につき、
「はじめまして!今日はよろしくお願いします!」
と挨拶を交わしました。弁護士さんは女性でした。
その弁護士さんの第一印象は、『なんだか話しやすそう』。穏やかな表情をしていて、清潔感がある方です。
相談員さんは、弁護士さんと会う前に、
「弁護士さんと会って、話して合わないと思ったら違う弁護士さんにお願いすることになるけど、人の印象って最初の数秒で決まるから、最初に合うか合わないか直感で分かると思うで。合いそうであれ合わなさそうであれ、あとで教えてな」
というふうに言われました。
確かに人の印象ってはじめに決まります。見た目が非常に大事ということですね。
例えば、会社員でもきちっとスーツを着て髪を整えていたら仕事ができそうな印象ですし、パパやママでも穏やかな表情をしていつも笑顔でいる方はとても話しやすい印象があります。
逆に、会社員で服を着崩していたりヒゲが生えている、髪に寝癖がついている人はだらしがない印象を与えてしまいますし、パパやママでいつもギスギスした表情をしていたり愛想がない人は話しかけづらい印象がありますよね。
なので第一印象は非常に重要です。
話が戻りますが、相談員さんからは「弁護士さんから聞かれたことだけ答えればいいから。」と言われていました。内容は事前に少しだけ話してくれていたようです。
とりあえず聞かれたことを答えながら、私の身に起こったことを順に話しました。(もちろん浮気の証拠や必要書類はすべて持っていき机に並べていました)
私の1番の目的は、3人の親権を獲得すること。そして、きちんと養育費・慰謝料をいただくことです。
その目的を果たすために、話を聞いてきました。(当初は子供の意思を尊重するという話でしたが、義父が弁護士を雇うということで、そうおちおちしていられないということになりました)
結果的に、まず1番大切な3人の子供の親権を獲得するためには、主人と別居する。というのが1番だということが分かりました。
弁護士さん「今のままご主人と一緒にいたら、ご主人の収入で生活をサポートしてもらっている、家のそばにある義実家のサポートも手厚い。なら専業主婦で不定期で体が不調になるあなたは親権が取れない、負けますよ。」
と言われてしまいました。
『有責配偶者は向こうだから私が親権を取れるに違いない』
と自信を持っていただけに、ものすごくショックでした。
裁判官は、子供にとってどちらが今まで通りの暮らしができるかという子供にとってメリットがあるほうを選ぶそうです。
だからまず、主人から離れて子供3人と暮らし、【私は主人のサポートがなくても生活できます】という証明をする必要があると言います。
別居期間中に子供と暮らすことで生活が成り立てば、私に親権がいきやすいということです。
引っ越しに戸惑い
私はそこで、【別居】というより【引っ越し】ということに気持ち的にストップがかかり、「うーん」と悩み始めてしまいました。
『引っ越し?来年の3月に引っ越しするのに、あと数ヶ月なのに引っ越し?主人を義実家に住ませるだけじゃダメなの?』
なんて、今考えると飴ちゃんより砂糖より甘い考えです。はい。
でもそのときは、【引っ越し】という作業が面倒でなりませんでした。
しかし相談員さんからしたら、「なんで??」と。
「旦那と離れられるんやで?子供の親権欲しくないの?」
という感じで。そりゃそうです。
別居をして子供3人と暮らして、”私ひとりで3人を育てられますよ”という証拠を作らないと、私は親権獲得ができないのです。
なぜなら、先ほども言いましたが、今まで私は主人と義実家のサポートで生活をしてきたから。
子供たちにとっては主人の収入と義実家のサポートがある暮らしは本当に良い環境なんです。
が、「私がひとりで3人を育てられますよ」という証拠を自ら作ることができれば、「じゃあ広島に帰ってもあなたひとりで子供を見ることができますね。子供を路頭に迷わすことはないですね」と判断されて、私に親権がいくわけです。
とにかく、主人や義実家のサポートなしで自分だけで子供を育てられる、ということがとっても重要になってきます。(ただし、別居となったら婚姻費用はきちんともらえる義務があります)
婚姻費用というのは、簡単言えば生活費のことです。
こちらにも婚姻費用については話していますので目を通してみてください。
ひとりで子育ては難しい
本当に、ひとりで子供を育てるには想像もできないほど大変なことの連続だと思います。その中にはもちろん幸せもあるでしょう。時間が経てば心に余裕も出てくると思います。
けれど、慣れるまではいろんな機関に助けを求めたり、知人や友人の手を借りて生活を構築していくというのも重要です。
『私ひとりで子供を育てなければ…』
と思ってしまうと、ものすごく心細くなってしまいますし、『未来に希望が持てない…』ということにもなりかねません。
なので、周りの助けを借りることを頭に入れながら、自分の歩幅で進めていきましょう。
人間、1人で生きて行くのは絶対に無理です。必ず誰かの力を借りて、生きているのです。
究極なことを言えば、大家さんや不動産屋さんの力を借りないと住むところがありませんし、野菜をとってスーパーに運んでくれる人、商品を並べる人、レジをする人がいなければ、食材を買うこともできません。
必ず誰かの助けがあって、生活しているんです。
だから、人間ひとりで生きていけるなんてことはないんです。
みんな助け合って、足りないところを補い合って生きていくものなんです。それは家族も一緒です。
話はそれましたが、
弁護士さん「とにかく今は離婚ということは忘れましょう。むしろ、離婚しない!ぐらいの感じでまず別居を進めてください。ご主人から”離婚して”と言われても、ご主人は有責配偶者なので離婚は認められません。だから向こうからなにか仕掛けてくるまで粘りましょう。」
そのように言われました。
離婚は一旦忘れる・・・
とても勇気のいることです。今まで来年の3月に離婚するという強い思いでやってきたから。ただ、親権を獲得するため…。
正直急展開すぎて頭があまり回っていませんが、1時間の相談は終わり、もし主人(義実家)が弁護士を雇ってこちらになにかしてきたら、そのときにまた弁護士さんには正式に依頼する、という形にしました。
とりあえず別居です!別居から離婚だけど、離婚の話はしばらくお預け。
別居で生活保護?

次はそのまま相談員さんと市役所へ向かいました。そして生活保護科へ。
私は今心療内科に通っていて、その理由は主人の不貞や金銭問題、モラハラ、以前あったDV。
このままでは心と体が壊れてしまうので今の家から離れたいと。
そのために、少しの期間でも生活保護を頼っても良いんじゃないかという相談員さんの提案でした。
最初は生活保護というと抵抗がありました。でもそんなこと言ってられない状況になったので、話を聞くことに。
市役所の生活保護科に行く前に、相談員さんが大事なことを教えてくれました。
それは、
「まずなにをするにも、どこへ行くにも、先にアポを取っておくこと。いきなり行ってお願いしてもすぐに通してくれないこともあるし、失礼になるかもしれない。そうならないように予めアポを取ってその方へ丁寧にお願いをしておくと印象が良いから。」
と、とても貴重なアドバイスをいただきました。
今度から自分で動くときはすべてアポイントを取って、丁寧に対応していきたいと思います。
生活保護科でアポを取った方とはうちうちに話し、その後、問題の別居するための物件はどうするかという話を今度は市役所の社会福祉士さんとお話しすることになりました。
少し話したところで時間が遅くなったので後日またお話しすることになり、その日は帰りました。
1日3件も回り、頭がグルグルです。
でも一緒に行動して側にいてくれた相談員さんには感謝しかなく、この方がいなければ、この日無理矢理にでも引っ張ってくれてなかったら、私はひとりで動くことがなかったです。
動かない理由というのは、人は簡単に見つけます。でも動くための理由はなかなか探そうとしません。
そんな中で重い腰を上げてくださった相談員さんには頭も上がりません。
この日の行動で、私の思考と行動力は一気にレベルアップしました!体調も驚くほど良くなりました。
どうしても動かなければならない状況になると人は変わるものです。
どんなときでも、ひとりだけでがんばろうとせず、誰かの手を借りて、助けてもらいながら生活していく。
そんな大切なことを学びました。
別居から離婚まとめ
数日前、義父が私に対して言った言葉でここまで行動できるようになるなんて、私は思いもしませんでした。
思いもよらない出来事が私を強くさせてくれた。
いつも話を聞いてくれているAさんに感謝。義父の発言を教えてくれたAさん母にも感謝。1日一緒に行動してくれた相談員さんにも感謝。アポを取ってすぐ会ってくださった市役所の方、社会福祉士さんにも感謝。
私はものすごく恵まれています。
相談員さんが、
「きっとichicoさんががんばってるから良い人脈が巡ってきてくれたんだよ。これから良いことたくさんあるよ。」
と言ってくださいました。
今必死にがんばっている人も、がんばれず部屋でうずくまっている人も、必ず報われるときがきます。苦しみは続きません。
諦めない気持ちさえあれば。生きていれば。変われます。
私がそうでした。体調が悪く、動けない日々が続いていたのに動けるようになったんです。
今辛くても、いずれ光は見えます。
ひとりで悩まないで。
市役所に飛び込んでも良いんです。ネットで相談しても良いんです。私で良ければお話聞きます!
強くなれますよ。大丈夫。
では、次の記事で今回の続きを書きます。
気になる方はぜひのぞいてください^^
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ichico.
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