【実録】別居から離婚するために⑥

 

ichicoのプロフィール

2018-06-12

はじめての方へ。詳しいストーリー

2018-06-13

 

こんばんは!ichicoです。

たくさんのブログの中から見つけてくださり、ありがとうございます!

【実録】別居から離婚するために。まとめ記事

2019-05-23

【実録】子供に別居(離婚)の話をしました。その影響は…まとめ

2019-05-23

今回は、驚くべき事態に発展したことが書かれています。

私自身ここまでになるなんて想像もしていませんでした・・・

続きをどうぞ。

味方の存在

今回は義父のご兄弟がたびたび登場するので、先に少し説明しておきます。

義父は大家族で兄弟の長男です。下には数人の妹さんと弟さんがいます。

これから義父のご兄弟の会話を交えるとき、”ある妹さん”や”ある弟さん”のような表現をします。

誰が誰か分かりにくいですが、義父のご兄弟に関しては私自身信頼しているので、勝手ながらあまりハッキリ出さずに行こうと決めました。

読みにくいところも多々あるかと思いますが、ご了承いただくようよろしくお願いします。

 

実はここまでの話には出しませんでしたが、ある妹さんには今年の5月ごろに私から連絡してすでに今回の話をしていました。

どうして話したかというと…

義実家では毎年年明けに新年会のようなものをしていました。

その集まりで私を見たその妹さん含め何人もの人が、私が異常に痩せていることに驚きを隠せず

「そんなやせ細ってどうしたん??」

と声を掛けてくれていて、

「いつでも連絡ちょうだい。」

と言ってくれていたことから、信頼していたその妹さんに話したという流れでした。(自分では痩せてるっていう感覚はなく軽い拒食症状態)

 

その後、その妹さんがつい最近(私が話した半年後ぐらいに)別の妹さんに、私が相談した内容を話したらしく、そこからどんどんご兄弟に広がっていったという感じで、今日までに義父の親戚ほとんどに知れわたっているといった状況です。

妹さんが話してしまったことに関して最初は、『離婚するまでは知らないことにしてほしいと言ったのに…』と思っていましたが、私は知られてマズイことはしていません。

なので、すぐ立ち直りました。

ご兄弟みなさん「〇〇(主人)が悪いことをしたのにどうして義父が怒らないのか。どうして義家族はichicoちゃんの味方をしないのか。」と怒っている。という話も、ある妹さんから聞きました。

とてもありがたいことです。

私は義家族がやいばを向けてきたときから『これからはひとりで戦わなくちゃ』と思っていたので、本当に心強かったです。

話を続けます!

ビックリするほど繋がった日

11月8日。

この日は朝から、私が1番最初に相談した妹さんから「どうや~?」と電話がありました。

少し前まで1年に1度ぐらいしか会わない関係だったのでとても珍しいことです。

だいぶ心配してくれていたようで、いろいろ話を聞いてくれました。

話を聞いてもらってスッキリしたのか、気持ちが軽くなって肩の力もほぐせました。

 

少し家のことをして、休憩に携帯を見ると、不在着信が入っていました。

なんと、もうひとりの妹さんでした。これまた珍しい。ビックリすることに、朝電話しているときに着信が入っていたようで…

つまり、はじめの妹さんと電話の時間がかぶっていたということです。(ふたりともこの日私に電話したのはたまたまだったそうです)

不在着信に気づいてすぐ掛けなおしました。

その妹さんもものすごく私のことを心配してくれていて、

「ichicoちゃん、ひとりじゃないからな。なんでも言うてな。おばちゃんichicoちゃんの気持ちよう分かるから。」

と、とても親身に話をしてくれました。

離婚の経験があり、ものすごく苦労してきた方なので、本当にその妹さんの言葉には救われました。

 

昼からは、近くに住んでいる別の妹さんの家に遊びに行きました。行こうと思ったのはなんとなくでした。

いつも「家にこもってたらしんどいままやで。たまには気分転換に外出てうちにおいで!」と言ってくれていました。

3時間ほどお邪魔しましたが、居心地良くてずーっと喋っていました^^(次女も一緒なのでオモチャを持って)

そのとき、朝ふたりの妹さんが同じ時間に電話をくれていたことを話したら、「そうやったんか~」と優しく笑いながら「みんなichicoちゃん心配してるんやで~」と言ってくれました。泣きそうなほど嬉しかったです。

 

そして夕方少し外にいるときに、これまた義父の弟さんの奥さんに出会って少し話しました。

その弟さん家族も近くに住んでいるけど、めったに会わないので本当に驚きました。

弟さんの奥さんも私の気持ちを分かってくれていて、「いつでもうちおいでや」と言ってくれました。

 

今日話をした4人(4家族)はみんな揃って、私の味方になってくれている。という私にとって最強に心強い環境になりました。

今まで義実家に嫁いて12年以上やってきましたが、今日のような日ははじめてでした。

たまたま起こった奇跡の日。

いや、たまたまなんてないんだと思います。

これから起こるあの出来事にすべては繋がっているのだと…

お金を持っている?

11月9日。

今日もある妹さんから電話がかかってきました。

そこで聞いた話に驚きを隠せませんでした。

なんと主人が、競馬やら海外のバンクで相当お金を貯めていることが分かったのです。

ただ、妹さんは「相当ため込んでいる」とは言っていましたが、どこまで”相当”なのかは検討もつきません。

でも、私に黙って隠している”隠し財産”の存在は知ることができました。

財産分与のときにその話を出すか…それは向こうの出方を探って考えます。

親族総出で話し合い??(前編)

11月13日。

この日は私にとって、とても大きい変化の日でした。

 

何事もなく晩ご飯を食べお風呂を終わらせて子供たちを寝かそうとしていた20時。

ある妹さんから電話がかかってきました。

「ichicoちゃん、今な、おばあちゃん(義祖母)そっち向かってんねん!」

「え?」

「私な、今日の昼におばあちゃんに話してん。全部ちゃうけどな。で、さっき義父がたまたまおばあちゃんに電話したようで、おばあちゃん怒って”迎えに来い”ってなったらしいわ。だからichicoちゃんも呼ばれるで。でも全部話してないからichicoちゃんの力になるよう他の兄弟に声かけといたから!」

と…。

「とにかく、おばあちゃんに全部話し!大丈夫やから!」

と取り急ぎの電話でした。

 

実は、義父の親である義祖母には今回の話をしていなかったのです。

なぜなら話をするタイミングが今までなかったから。

下手に伝えて私の立場が悪くならないように、電話をしてくれた妹さんが義祖母に話しておくと言ってくれていて、ようやく今日話した。ということです。

私は義祖母に話がいくことをずっと恐れていました。

主人の親族の中で、義祖母の意見は最強だからです。

『もし義祖母が子供を3人とも渡すなと言ったらどうしよう…』とか『義実家のようにひとりで広島帰れと言われたらどうしよう…』とか。

 

妹さんとの電話が終わって私は一気に体調が悪くなってしまいました。

手足がキンキンに冷たくなり、ひどい動悸。お腹もグルグル。

横になって少し落ち着こうと思いました。

するとまた電話が…

今度は近くに住んでいる妹さんからでした。

「ichicoちゃん、(義祖母のこと)聞いた?」

「聞きました…!ビックリ過ぎて…」

「大丈夫やで!あんな、私も行くから、思ったこと、あったこと全部話しや。全部ぶちまけたら良い!」

義祖母に話してくれた妹さん同様、そう言ってくれました。

『大丈夫ってことは義祖母も私の味方になってくれるんだろうか…』

一抹の不安を抱えながら、義実家に呼ばれるのを待っていました。

(手があまりにキンキンに冷たかったから長男に手を握って温めてもらったら体調も安定してきました)

 

それから少したって21時。

「子供3人連れて4人で義実家においで。」

とある妹さんから電話があったので4人で向かいました。

妹さんが家の前まで迎えに来てくれていて、

「ichicoちゃん、大丈夫やで!おばあちゃんにichicoちゃんの話聞いてもらお。全部言いや。義父も義母もおるし、ここみんないてるからな。」

と、とても心強いことを言ってくれて、ホッとしました。

 

義実家に着くと子供たちは義弟がいる2階へ。

私はみんなが待っているリビングへ行き、驚きました。

義父、義母、義祖母の他に、ほとんどの義父兄弟がそろってくれていました。

恐縮しながら、義祖母と家まで迎えに来てくれた妹さんの間に座りました。

 

みなさんそれぞれの思いを言われていました。

義祖母「ichicoちゃんよう考えや。男ってこんな生き物やからな。しんぼうしいや。」と穏やかな笑顔。

ある妹さん「ちゃうねん!〇〇(主人)をここ(義実家)から放り出してichicoちゃん自分の家で住ませたら良いねん!養育費もらいながら。ここ全員言ってんで、〇〇(主人)放り出せって。」

義祖母「そんなんせんとなichicoちゃん、長い人生やからな、いろいろあるねんで。子供のためやで。男ってみんななんべんもこんなことするねん。」

ある弟さん「待って待って、ichicoちゃんの話聞こ。もうしんどいって。あんな、俺らはichicoちゃんの味方やからな。ichicoちゃんについたる。絶対味方やから。」

ある妹さん「そうやで、味方やで。〇〇(ここに来れなかった妹さん)も言ってたし〇〇(主人)に対しても相当怒ってんで。みんな言うてる。」

義祖母「そやそや、みんなichicoちゃんのこと思ってんで。わざわざ広島から嫁いで来てくれてんのにって私も怒りに来てん。」

ある妹さん「なら今まであったこと、我慢してたこと全部ichicoちゃんの口から聞こ。お金のこと全部言い。ローンの話や子供のお金のことも。」

私「子供の学資保険は、ふたりで決めて解約しました。そのお金を元手に海外で銀行を作って子供のために貯金しようってはじめは話してたのに、〇〇(主人)は老後のお金って言い出したんです。だから、子供の学資保険を解約して海外の銀行に子供のために始めた貯蓄が老後のお金になったことで、離婚後子供を引き取る私に行くはずだった貯金が折半になってしまったんです。

はじめの方から言えば、結婚当初のボーナス全額ギャンブルに使われたり、私の失業保険30万もすべて勝手に引き下ろされてギャンブルになくなったし、子供の貯金にも手を出したり家のお金は昔から取られてきたしカードのショッピングローンも何度限度額まで借りられたか分からないほどです。」

ある妹さん「それをよう言わんかってん。うまくいきたかったから言われへんかってん。兄貴(義父)らとうまくいきたかったからこの人は言われへんかってん。えげつないやろ。ずっとこれ我慢してて今もあいつ帰ってこえへんねんで。女のことや。」

(実はこの日、たまたま主人の仕事が休みでした。でも出かけていて話し合いには参加していなかったのです)

 

すると、義父は驚くべきことを言いだしました。

義父「ichicoちゃん、なんでそれ言うてくれへんかったん?」

『・・・え?』

すると義祖母やご兄弟から義父は非難の嵐を受けました。

「言えるわけないやん!!」

「そんなん言われへんわ!!」

「義妹やったらお父さんやから言えるけど嫁に立場では言われへんわ!」

みなさんが”言えない論争”をしているとき、私は訳が分からず黙りこくっていました。

『いや、義家族に何度も言ってきたけど。知らないふり?え?』

たしかに、義父から「もう俺らを巻き込まんといて」とか「定年近くてこっちも大変やねんからふたりで解決しろよ」と言われてたので話せなかったときもたくさんありました。

だけど何度も話したのは確か。完全に知らんぷりかましてきたのにはビックリです。

義父「何回かカードをつぶしたことあってん。2回かな。」

ある妹さん「兄貴知らん間にしてんねん。そやから今も女に会いに行ってるやろ?で向こうの子供連れご飯食べさせたりしてるらしいで。」

 

そこから論争は更にヒートアップ。

義祖母も「〇〇(主人)なに考えてん!ほんま殴ったろかなと思ってんねん。なめてるやろ。」とブチ切れ。

ある妹さん「ichicoちゃん良かったな。みんなあんたの肩持ってんねん。」

義祖母「でもichicoちゃん、これからひとりで子供3人育てていくの無理。」

ある妹さん「でもな、こんだけされたらichicoちゃんも無理やで。うちは無理やわ。うち〇〇(主人)みたいな男あかんやわ。」

ある弟さん「誰だって無理やわ。俺やって無理や。」

ある妹さん「やでな。浮気されまくって。オレの金やって言うらしいで。お前なんもしてないやんって。」

義祖母「考えられへん。殴ったったら良いねん。」

ある弟さん「まぁな、ふたりの話を聞いてないからな、ひょっとしたらichicoちゃんが嘘ついてるかも分からんやん。だから本人に来てもらってこれはほんまなんか嘘なんかって吟味してもらわなあれやんか。」

私「そうですね。」

ある弟さん「嘘ついてるって言うてないんやで。片一方の意見しか聞いてないからな。」

義祖母「だけどな、自分らの考えだけでなくって、ichicoちゃん子供3人を育てることを先考えらなあかんで。子供3人のために目をつむってこの子ら大きくしたらな。この子ら絶対ichicoちゃんにつく!」

ある妹さん「ちゃうねん!別にichicoちゃん無理せんで良いねん。ichicoちゃん嫌やなかったら〇〇(主人)だけどっか放り出して車取り上げて、ichicoちゃんここ(義実家)住んだら良いねん。(義家族)やっと分かったんやから。助けてれるよ。」

ある妹さん「あんた広島帰る言ってるやろ。この子ら、不登校児になるで。友達出来ないから。この子たち大阪弁だから、よそに行ったらバカにされるよ。私も他県に嫁いで関西弁話したら”ここの土地の言葉喋らないなら大阪帰り”って言われたよ。あんたも(義母に)言われたんやろ?今度は広島に行ったらこの子たちが言われんで。」

義祖母「でもなichicoちゃん、しんぼうして子供大きいし。そしたら子供が助けてくれるようになる。」

ある弟さん「ichicoちゃんがここにおるのが無理って言うならおらんで良いけど、近くにおったら良いねん。今は家が側やからしんどいけど、見えんとこに行ったら良いねん。俺らがついてるから。そりゃあお母さんおる広島帰った方が良いかもしれんけどさ、行ってもたぶん向こうもしんどいと思うねん。」

ある妹さん「そうそう、近くに住んで養育費もらったら良いねん!」

義祖母「そうやで。ここおったら取れるやん。広島行ったら取られへんで。」

ある妹さん「なら兄貴ほとんど知らんかったん?」

義父「知らん。」

ある妹さん「ichicoちゃんよう言わんかったんや。ずっと我慢してたんやで。9年心療内科の薬飲んでんねん。めっちゃ可哀想やし。」

義父「あいつそんなにギャンブルしてたん?」

ある妹さん「らしいで。」

ある弟さん「せやけどichicoちゃんはもう1回もしかしたらうまくいくかもと思ってやり直してきたんやんな。結局は…」

ある妹さん「せやから次女産んだんやん。やけどあいつ(主人)が裏切ったんや。」

ある妹さん「今日来て良かったなうちら。なんも知らんでな。」

義父「なぁんも知らん。」

『・・・(怒)』

ある妹さん「ほんで取り上げててんな子供。」

義父「取り上げてないって。」

ある妹さん「うちらはひどいことしてんなって思っててん。分かってて取り上げるって。」

義祖母「せやからなにを言うてんねんって私怒ってんねん。〇〇(来れなかった妹さん)もものすごい怒ってんで。」

義父「俺なんも知らんもん。」

ある妹さん「だから兄貴なにを考えてんやろなって言ってたんや。義母も付いててなんでやろなって。」

ある弟さん「義母も女やからな、自分の娘が同じことされたらどうするって思っててんな。」

ある妹さん「うちも離婚してるから気持ち分かるし、話聞いたらたまらんで。お金取る、女と遊んでる思ったら悔しい悔しい。それをまた引き離そうとする?ようにしか見えへんかってん私らからしたら。”広島ひとりで帰れ”言うたんやろ。そんなひどいことよう言うたな!!」

義父「しゃあない。知らんもん。」

ある妹さん「ならそれは謝らなあなんで。”知らんかったからごめんね”って謝らなあかんわ。」

義父「なら知らんかったん俺だけかい。」

ある妹さん「そう。ふたりだけや。」

(義父、目をつぶって”あちゃ~”みたいな顔)

ある妹さん「義母もほんまに知らんかったん?嘘ついてない?」

義母「うん。」

ある妹さん「ほんまに?今の今まで?」

義母「うん。」

『義母も知らんぷり決めました』

ある妹さん「今あいつな、頭いかれてんねん。”ichicoは広島に帰らされオレらはオトンがみてくれるから”って。」

ある弟さん「まさかこんな場になってると思ってないわ。」

ここでみんなが論争。

みんな本当に私をかばってくれて、味方になってくれていました。

 

ある妹さん「でも良かった。兄貴らが嘘ついてなくって。ほんまに嘘ついてないな?義母も。」

義母「うん。」

『・・・・・』

義祖母「ichicoちゃん今日帰ってきたら〇〇(主人)殴ったり。殴ったったら良いねん。」

ある妹さん「あかん。あいつのあの体形じゃ、この子飛ばされるわ。」

 

そこで話し合いの始めに主人に電話をかけていた義父の携帯に、主人から電話がかかってきました。

義父が「はよ帰って来て」と言っているけど主人はごねている様子。

見かねた義祖母が電話をかわって、すごい勢いで主人を叱りつけくれました。

主人は「なんで?」「なにが?」「気分悪いわ」「なんやねん」そういうことしか言っていませんでした。

それを聞いていたご兄弟一同は呆れ返って、義両親に対して

「チャンチャンですわ。お宅の息子さん終わってるな。甲斐性ないのに~」

「ほんま難儀な男やな~」

すると義父が「ごめんなichicoちゃん。」と今回のことがあってはじめて私に謝ってきました。(片足を立てて座ったまま)

ご兄弟はそれを聞いてか、

「ichicoちゃん、ホッとしたな。」

「良かったなichicoちゃん。」

「ちゃんと肩持ってやってな。」

「おばちゃんらはichicoちゃんの敵じゃないんやからね。味方やで。」

「なんかあったらみんなにライン流したら良いねん!」

「相談しいや。今度から相談しやすいな。」

「明日ichicoちゃんのお母さんに言い。〇〇(主人)とは戻らんけど、慌てて広島帰らんと〇〇(主人)だけ放り出してくれるらしいからって。子供らが冬休みになったら広島帰りや。」

(この話し合いの数日前に数人の妹さんに、この冬休み全部広島帰ろうかなって相談していました。これでますます帰りやすくなった。ありがたい)

ある妹さん「で、いっぱいいろいろ考えて、みんなの言ったこといろいろ踏まえて答え出し。まだ今慌てて出さんでもな。」

私「私さんざん悩んだんです。10何年間。4回目でしょ浮気も。本当は1回目のときに離婚する気だったんです。長女がお腹にいるときに浮気したんです。で体の関係もずっとあってそれでうつになったんです。持病の数値も異常なほど上がって…2回目3回目は2週間も開けずにですよ。今回の浮気も1年以上体の関係ずっと続いててホテルのカードもパンパン。」

ある妹さん「たまらんな。で兄貴ら言うたんやって”そんなもん弁護士雇って子供取ったるから”って。」

義父「言うた。」

ある妹さん「だから謝ろな~それも。ひどいこと言ったって思えへん?」

義父「だって知らんかったもん。」

ある妹さん「せやろ。けどそれで済ましたあかんで。この子どんだけ傷ついたと思う?敵だらけやで。」

義祖母「そんな可哀想なこと絶対したらあかんわ。」

義父「せやからな、俺は、長男と長女と次女がな、俺母子家庭ですごい嫌な思いして育ってきたからな。9年半バイトしてきて、辛かってん。ツレなんかは親と一緒に旅行行くやん。俺らそんなんいけへんやん。辛かってん。」

義祖母「辛いのはあんただけちゃうで。私やってお父ちゃん死んで50年ひとりでやってきたやん。」

義父「せやから俺の子供には嫌な思いさせたくないから俺めいっぱいしたった。」

するとまた、義祖母やご兄弟から非難の嵐。

「それが甘いんや!」

「し過ぎやねん!」

「それがあかんねん!」

「子供甘やかしすぎやねん。」

ここでヒートアップして話が違う方向にいってしまい、弟さんが軌道修正してくれました。

別居から離婚まとめ

話しがとても長いので、今回は”前編”とさせてください。

今回は、味方の存在を書いていきました。

私自身、はじめはそこまで”敵・味方”なんて考えていませんでしたが、いざ義実家が私のことをないがしろにしはじめたら、私の話を聞いてくれたりソッと背中を押してくれたりする存在が、こんなにもありがたいということを改めて感じました。

味方と言うのは、一緒になって相手の愚痴を言う人ではなく、一緒になって前に進もうとしてくれる人のことです。

ただ愚痴を言うだけだと、自分も相手も無駄なエネルギーを消費してしまうことになります。

私もグチグチ言ってしまうときがあったので、人のことを言う筋合いはありませんが、人は”今の自分”と合っている人、ちょうど良い人を引き寄せます。

愚痴を言うだけの人が集まってくるのなら、もしかしたらそのときの自分は誰かに愚痴をこぼしているのかもしれない。

いつも笑顔で、マイナスなことは言わず、ただ真摯に人と付き合っていたら、そういう人が周りに集まってくるかもしれない。

他人は自分を映す鏡です。

すべては自分に返ってきます。

まずは自分自身をゆっくりと磨いて、周りに集まってほしい人に自分がなれるように、進めたらと思います^^

私も努力を怠らずがんばります!

同じような気持ちになった方がいたら、一緒にがんばりましょう!

 

次回は”親族総出で話し合い??(後編)”お送りします。

【実録】別居から離婚するために⑦

2018-11-30

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

ichico.

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