はじめての方へ。詳しいストーリー

 

ichicoのプロフィール

2018-06-12

 

こんにちは。ichicoです。

たんさんのブログの中から見つけてくださり、ありがとうございます!

ここでは、プロフィールでは書ききれなかった話や私の理念などを書いていきます。

この記事を読んでくださる方で、もし夫婦問題、離婚問題で苦しんでいる方がいるとしたら「こんな人もいるんだ~」とひとつの例として見ていただければと思っています。

短い本を読むような気持ちで、1度肩の力を抜いて首をグリングリン回してからゆるりと読み進めていただけたら幸いです^^

高校を卒業してからの私

高校を卒業後、私は地元ショッピングセンターに就職。食品レジの仕事です。

もともと高校時代にレジのアルバイトをしていたのでレジは得意でしたが、なんせ当時の同僚は女性ばかり。

みんなが集まると愚痴のたまり場と化し…私はそういう場が苦手なのでコソコソと早めに帰ったりその場を避けたりと、できるだけ関わらないようにしていました。

それでも逃げられないときもあって、そんな状況が長く続くと精神的に辛くなり、悩んだ末にその職場を退職することにしました。

次に就いた職場が、求人情報誌で見つけた派遣会社です。

派遣会社から別の会社に派遣されて就いたその職場は、男性が多くサバサバした空間がとても居心地良いしみんな仲が良かったので、キツイ仕事でしたが充実した日々を過ごしていました。

主人との出会い

そんなある時、勤め先に他府県から研修社員がやってきました。人数は十数人で2ヵ月間の研修期間でした。

私の勤め先はみんな仲が良くよく飲み会やボーリング大会をしていて、今回もすぐに研修社員の歓迎会をしたのですが、研修社員の中の1人にやたら人懐っこく私に話しかけてくる男性がいました。

その飲み会で男性はさらに私に懐き、以降は飲み会の度、ボーリング大会の度に私の真横に座り、よく喋ってくれました。

はじめは『なんだか犬みたいな人だな~』という印象でした。

その後個人的にも遊ぶようになり、気がついたら告白されていました。友人としか思ってなかったから驚いたけど、私も好意的だったので受け入れました。

研修期間が終わり彼が地元である大阪に帰ってからは、1ヵ月に1度、私が大阪に行く日、彼が広島に来る日を決めて遠距離恋愛を楽しんでいました。

まさか…私が…??

彼と付き合いだして半年も経っていない頃、その日は突然やってきました。私の誕生日でした。

母「ichico、そういえば生理遅くない?先月いつきた?」

私「いつだったっけ…えっと…1.2.3…わ…10日きてない…」

母「はぁ?あんたまさか…」

私「いや、ないじゃろ。」

母「ちょっと薬局行くよ。」

母は焦っていました。なぜなら私は今までに1日たりとも生理が遅れたことがなかったからです。

薬局で2種類の妊娠検査薬を買ってきてすぐに自宅のトイレで試しました。

トイレの中で検査結果を待っていた私。

ドキドキしつつも『もしも赤ちゃんができてたら彼はどんな反応をするんだろう』と不安な気持ちもありました。

検査結果は数分かかると書かれていたけどすぐに線が出ました。ゆっくりとドアを開けて母のもとへ。

「陽性だった!!」

母「はぁ~~~~~~~」

それはそれは深いため息でした。

母「あんた、どうするん?」

私「産む」

女性というのは不思議なもので、母親になったと分かった瞬間からもうすでに意識が変わります。

例えできているか分からなくて、そのときは産もうか産むまいかとさんざん悩んでいたとしても、できていたと確信した瞬間「産む」と一瞬で意識転換されます。まさに、母性が生まれた瞬間です。

母「なんでこんな日に…」

私「こんな日じゃけ気づかせてくれたんじゃないんかね。最高の誕生日プレゼントじゃん!」

若かった私は、先のことなんて何も考えていませんでした。でも本当に嬉しかったです。この日のことは一生忘れません。

彼に電話で報告

すぐ彼に連絡しました。仕事の休憩時間でした。

私「あのね…赤ちゃんできたんよね。」

彼「え・・・・・」

彼もまだ21歳。そりゃまだ遊びたい盛りだし悩むのも分かります。少しショックだったけど。

私「もし受け入れられんのんなら、私ひとりでも産む覚悟はあるよ。」

彼「いや、ちょっと待って。真剣に考えたいから少し考えさせて。」

私「分かった。」

その日の夜、彼と話し合って、結婚しようとなりお互いの両親にそれぞれ報告。

私が1番驚いたのは、父の反応でした。

私の父はとても厳しい人だったので、一発殴られるぐらいの覚悟で報告したのですが、すんなり受け入れてくれて拍子抜け。

そこからトントン拍子にコトが進んで、たった3ヵ月で【両家の顔合わせ・結婚の打ち合わせ・入籍・結婚式】を無事終わらせました。

つまり、彼と出会って9ヵ月足らずで結婚したということです。

結婚生活スタート

“彼”から”旦那”に変化して、入籍したから苗字も変わって『あ~苗字変わったから産婦人科で名前呼ばれたとき気づかんかったらどうしよ~』なんてヘラヘラしていた新婚当初。そりゃあもう幸せでしたよ。

つわりは安定期入ったらピッタリなくなり、何でも食べれることにさらに幸せを感じ、幸せホルモンがブワンブワン出てました。

「結婚生活ははじめが肝心!」と先輩夫婦にアドバイスを頂いていたので、私ができないときは主人にも家事を手伝ってもらっていたし、家計も私が管理させてもらうことになりました。

ただ私は、主人と出会う前に”叶えたい夢”があって、その学校へ行く為のお金を必死に貯めていたので、仕事の日は朝早くから夜遅くまで働きづめ。

休みの日は身体を休めたり、自分磨きの為にしばしば外に出ていたので”花嫁修業”はほとんどしたことがなくて、恥ずかしながら本当になにもできませんでした。それが19歳のとき。

で20歳過ぎてなにも知らずに結婚。家庭でのお金の使い方も当然分からず、何をどれだけ買えばいいのか、どういう風に家計を管理すればいいのかサッパリでした。

主人も結婚前貯蓄をしていなかったので、家計がキツくなったら私が”叶えたい夢”のために1年間がむしゃらに働いて貯めた120万円を切り崩しながら生活してました。

最初にやられたのは…

結婚してから初めての冬のボーナス。おかしいな?と思ったのはそのすぐ後でした。

いつものように銀行に行って通帳を確認したら、ボーナスは入っているのに残高がほとんどない…

私「今日銀行行ったんだけど。」

主「うん・・・」

私(通帳を見せる)

主「ごめん。」

私「何がごめんなん?」

主「使った。」

私「は?なにに?」

主「スロット。」

私「・・・・・」

言葉が出ませんでした。長男が生まれて数ヵ月後のボーナスで、買いたいものリストはたくさん。これからお金がかかるってときに…

それから長女がお腹に宿るまで、何度か家のお金を取られたりボーナスを抜かれたり…何度か話し合いもしたけど、話し合いというより喧嘩に近い状態になり、解決できず話がそのまま流れることばかり。

主人は、良くも悪くも次に日に喧嘩を持ち込まない性格なので、次の日には普通。

私ひとりが怒っててバカみたい。と許さざるを得ませんでした。なので更生するわけもなく…

ショック過ぎて一気に体調悪化

息子が産まれた1年後に、長女がお腹に宿っていることを産婦人科で知りました。とてもとても嬉しかったです。

今回もつわりがキツく、できる時は横になりながら1歳の長男の面倒を見ていました。

そんな中、結婚当初から気になっていた主人の女性に対する接し方から、さらに怪しいと思う出来事があったので浮気を疑い、何度か携帯をチェックしていたときのことです。

この日はたまたま、主人が携帯を家に忘れて仕事に行きました。しめしめ。

もともと主人は男女問わずすぐ仲良くなる性格なので番号登録件数も多く、女性の名前があってもそこまで気にしてなかったのですが、メール送信欄を見た時…

『あ、これ明らかに黒だ…』

と思えるものを見つけてしまいました。

「大好き♡♡♡早く会いたい♡」

みたいな内容でした。(10年以上前なので少し曖昧)

メールを見た瞬間、体の震えが止まらなくなりました。持っていた携帯がガタガタ揺れているのが分かるくらい。動悸も止まらず変な汗も出てきました。

『なにこれ…浮気…?ほんとに…?』

みたいな状態で、頭は大混乱。

他のメールも見てみたら、あれよあれよと出てくる真っ黒なメールたち。手を震わせながら受信欄も確認。もちろん真っ黒。

当時私は21歳。当然冷静でいられるわけもなく、嫉妬と怒りで頭がおかしくなりそうでした。

主人を問い詰める。そして…

仕事から帰ってきて来た主人に、我慢ができず問い詰めました。

私「浮気しとるよね?」

主「してないし。」

私「メール見たけど。」

主「なんの?」

私「〇〇さん。」

相手の名前を言うと主人は少し固まりました。でも認めず。友達だからと。ここでは全く話し合いになりませんでした。

腹が立って仕方がなかったので、翌日相手と直接話そうと思い会社に電話。(相手は主人と同じ職場でした。今考えると思い切ったことしたなーと思います)

すると、相手の上司(女性)が電話に出てきました。

上司「〇〇(相手の女性)から全て聞いてます。」

そして主人が、相手の女性が当時の彼氏とうまくいっていないのを相談に乗っていたこと。

それを良いことに慰めるように主人が相手をホテルに誘ったこと。

その後相手は彼氏と別れたけどもう半年ぐらい不倫関係でそういう付き合いが今も続いていること。

相手と私を天秤にかけて気持ち的に【相手が8】【私が2】だから「離婚したいから待っててくれ」と言っていることなどを事細かに話してくれました。

電話中は冷静をよそおっていましたが、実際は体調最悪でした。

目の前は真っ白になり、体の震えに動悸、つわりの悪化、息苦しさ。苦しくて苦しくてどうしようもなかった。

電話を切ったら倒れこむように布団に入り、昼寝をしていた長男の横でひたすら泣きました。声を抑えて…ひたすら。

完全に浮気の証拠をつかんだ私は

『もう無理だ。広島に帰ろう…』

そう思い母に連絡。母も帰っておいでと言ってくれたので、主人に「実家に帰る」と連絡。(きっとこの時点ではまで愛があったので連絡してしまったんだと思います)

すると主人は会社を早退しすぐ家に帰ってきました。

私「〇〇さん(相手の上司)から全部聞いた。」

主「・・・・・」

私「もう無理だから実家帰る。」

主「待って…ごめん。本当にごめん…」

心がボロボロになってしまった私は主人を責めました。責めることでしか自分を守れなかった。

すぐに自分の実家に帰りたかったけど、体調不良で帰る事ができなくなったので義両親にも言いに行きました。(義実家は歩いて5秒のところにあります)

義両親は、そのときはすごく主人を怒ってくれていたけど、主人と同じく次の日に持ち込まない方たちなので、次の日には何事もなかったかのよう。

『え…なんなん?私のそばには私を守ってくれる人はいないの?』

この頃の私は、自分が守られることばかり考えていました。それほどに余裕がなかったのです。

1度は切れたけど…  

主人は私に何度も謝り、相手とは縁を切ると言い続けました。

私「そんなこと信じられるわけない。じゃあ証拠見せて。」

主「相手の番号消す。」

私「相手だけじゃなくて女の番号は全部消して。」

主「親戚も?」

私「親戚以外。」

主「でも職場で交換した人は仕事のことでやり取りするから難しい…」

『いや、浮気相手も職場で交換した人でしょ』と思いながら…

私「じゃあどうしても無理な人はいい。ほかの人は消して。」

まさに嫉妬の鬼でした。

まるで愛情というよりトゲのついた縄で主人を縛っているようですね。

でもその頃の私はこういう行動しかできませんでした。相手を縛り付けておけば大丈夫という無知で浅はかな考えしかなかったのです。

が、縁を切ったと言っていたのに実際はまだ切れていませんでした。同じ職場なので会おうと思えばいつでも会えるし、連絡手段は公衆電話でした。

『もう完全に無理』

と長男を連れて、妊娠中期の頃広島の実家に帰りました。母が大阪まで車で迎えにきてくれたのです。

主人は、取り返しのつかないことをしてしまったと今頃になって焦り、すぐに広島にきました。母も交えて3日に渡って話し合い。

結果、相手とは完全に関係を断ち、離婚届と念書を書いてもらう約束で大阪へ帰ることになりました。

次に浮気したら離婚、念書には慰謝料や養育費などの内容を私が考えた金額で書く、というもの。

相手に手紙を送る

やり直すと決めたものの相手に対する怒りはまだ残っていて、住所などは主人から聞いていたので直接相手に手紙を出しました。

かなり長い手紙だったと思います。最後に、慰謝料を支払ってほしいと書きました。

でもこれは何の効力もないただの手紙。相手は焦って母親と弁護士を雇い、私に対し内容証明を送ってきました。

「慰謝料は支払えません。ご主人とは縁を切るので勘弁してください。でも裁判をするならこちらも戦います。」

という内容でした。そりゃ相手はまだ未成年。手を出したのは主人から。主人が訴えられても仕方ないと思いました。

納得はいかなかったものの、もう完全に縁が切れたと安心してしまい、これ以上相手に何も求めませんでした。

と言うよりもう身体も限界で、なにかをする気力もありませんでした。

主人はこれまで以上に私に尽くすようになったけど、私は浮気が発覚して食欲がなくなっていたのでみるみる弱っていき、つわりも結局産まれるまであったので動けない日々が続いていました。

心療内科へ通いだす

無事長女を出産し、癒される日々を過ごしていたけど…

過度のストレスからか持病のバセドウ病の数値が急激に上がり再発。長女を出産後1ヵ月半で母乳を止めてバセドウ病の強い薬を飲むことに。

それどころか体の至る所に異常が出てきたので大きい病院で、血液検査、レントゲン、胃カメラ、MRI、心臓の超音波などたくさんの検査を受けることになりました。

が、どれも異常なし。なにが原因か分からないことがとても怖くてネットで調べまくる日々。

ある時、症状を検索して何科が出てくるか調べていたら【精神科・心療内科】という文字が…

今まで精神科に縁がなく少し抵抗があった私は、はじめは認めたくないと思いました。

でも調べれば調べるほど、精神科や心療内科しかないということが分かってくるのです。

そこからは心療内科で評判の良いところを調べつくして、ある病院にたどり着きました。

はじめて心療内科へ行き思ったことは『思ったより明るい』でした。

普通の病院と変わりないです。むしろ普通の病院より先生と患者さんの距離が近いから話しやすい環境作りができているなと感じました。

私は【躁うつ病】【自律神経失調症】と診断されたので、しばらくこの心療内科でお世話になることになりました。

2度、3度立て続けて…

長女を出産後数ヵ月たって、私はまた何かに違和感を覚えました。

主人が優しすぎる。家事の手伝いもいつも以上にしてくれるし、何より携帯を触る時にコソコソするようになった気がする。怪しい…

主人が熟睡しているのを確認して、久しぶりに携帯を見ました。見なけりゃいいのにね。すると…

主「大好きだよ♡声が聞きたいな♡」

『まただ…』

その後主人を問い詰めると「彼女とは会ったことないしサイトで知り合っただけ。」と浮気を否定。

『いや、そういう問題じゃないじゃろ。だいたい彼女って何?』

私と主人の浮気の境界線は違い過ぎました。私は感情が動いてコソコソするようになれば浮気。主人は体の関係を持てば浮気。

でも自分の主張をちゃんと聞いてもらわないと夫婦でいる意味がないので、私はここからが浮気だと思ってる。と伝えました。

主人は謝り、もうしないと言いました。

 

が!!!!!!!!

その2週間後!!!!!!!!

 

また同じようなメールを見つけました。しかも2週間前とは違う名前の女性。

 

主人に言うと、これもメールだけだと主張。

(後からわかった話ですが、2人目も今回の3人目も同じ職場の人だったそうです…)

『もう意味が分からん。この人完全に病気だ。離婚するしかないのかも。でも私ひとりで2人の子どもを育てられるの?ただでさえ毎日体調不良で寝込んでるのに』

このときの私は、離婚してひとりでやっていく勇気も体力もありませんでした。私が22歳の冬のこと。

また何度か話し合い、主人は「もう心配をかけるようなことはしない」そう誓いました。

何に対しても余裕がなかった私は、思考力も判断力も皆無。その言葉を信じるしかありませんでした。

束の間の平和と安定

それからの主人は家庭に尽くすようになりました。

ただ、バセドウの数値が高くて何をしてても動悸や息切れが酷い私は、ただ座っているだけでも、ゆっくりとお風呂に浸かっているだけでも、体力の消耗が激しく、みるみる痩せていきました。

憔悴(しょうすい)した私を見て主人は、特に朝が弱い私の代わりに長男の幼稚園の弁当を作ってくれたり、幼稚園に送ってくれたり、休みの日は家事をほとんどしてくれたり…

私は主人に感謝していました。このまま変わる事なくただただ平和に日々を過ごせたらなと思いました。

数年後、バセドウの数値も安定し、心療内科の薬も最低限のものしか飲まなくなりました。

お金事情と次女の誕生

主人は家の事に協力的ではありましたが、お金の手癖に関しては昔から相変わらずでした。

コソコソ家のお金を取るのはもちろん、私の失業手当30万円もすべて勝手に引き出しギャンブルに消え、主人の職場の方針で入ったクレジットカードもショッピング限度額30万円を何度も借りてくる始末。返してもすぐ借りてくるので我が家は常に赤字。

挙げ句の果てに子供の貯金にまで手を出して、何度言い合いになったか分かりません。

主「小遣いが少ないから家から取るしかないやん。」

私「カードローンを作って家計を圧迫しておいてなに言っとるん?小遣い少しでももらえるだけええじゃ。」

この平行線です。ただずっと喧嘩をしているわけではありませんでした。

なにせ主人は次の日には普通になってしまう性格。お金に対するしこりを残しつつ慣れが生じてきました。やられ過ぎて私も感覚がおかしくなっていたのです。

そんなある日、急に気分が悪くなりそのとき感覚的に『赤ちゃんができたかも』と気づき、産婦人科に行きました。次女がお腹に宿っていました。

また辛いつわりがやってきましたが、夫婦仲は自然と良くなり、私の場合妊娠するとバセドウの数値が安定するので薬もなくなり、心療内科の薬も赤ちゃんに届くと嫌なので自力でやめました。

今回の妊娠も産まれるまでずっとつわりがあったけど、3人の中で1番楽なお産でした。なにより無事に産まれてくれた。これほどありがたいことはありません。

私は3人目の浮気以降(約7年前)、主人の携帯を見ることをやめました。今が幸せだから、もしなにか見つけてしまったらなにもかもが修復不可能なほど壊れることを知っていたから。

ついに離婚を決断

次女が産まれてからしばらくは幸せな日々を過ごしていました。でも相変わらず主人の手癖はなおりませんでした。

主人は次女が産まれて数ヵ月後に部署を移動したのですが、主人がその部署の同僚たちの話をするたびに『あの人苦手かも』と本能的に思う同僚の女性がひとりいました。

ハッキリではないけど一瞬、将来私たちの家庭が壊されそうなイメージが頭に浮かんだんです。本能的に感じただけなので根拠はなかったです。実際顔も知りません。

その気持ちがさらに強くなったのは次女が2歳を過ぎた頃。その頃からたまに過去の浮気の夢を見たり、フラッシュバックみたいになったりで、食欲がなくなっていきました。

主人に何となく同僚の女性の話を振ってみたり、過去に書いた離婚届けのことに触れてみたり、少しずつ私の情緒も不安定になり…

私が口に出さないようにしていた昔の浮気の話や不満をたらすようになったので、主人も面白いはずもなくまた喧嘩も増えました。

また身体のあちこちにいろんな症状が出てきて、たくさんの検査をするも原因不明。なので以前診てもらっていた心療内科に行きました。

その時の診断名は【抑うつ神経症】いわば”ノイローゼ”でした。

2017年の11月末からはますます浮気の疑いが強くなり、それと共に夫婦の不仲も深刻化してきました。会話がかなり減りました。(この頃から【主人日記】を書くようになる)

年が明け、2018年1月半ば。また主人が家のために貯めていたお金を取っていた事が発覚。

ここ数ヵ月前から私が全てのクレジットカードや通帳、カードを隠していたのですがそれがバレて抜かれたようです。

そのカードと通帳を返してもらうため、主人が寝たのを確認してカバンを開けました。(相変わらず3人目の浮気発覚以降携帯チェックはしていません)

『カバンの中にはない…財布に銀行のカードがあるかも…』

と財布の中を見ていたら、2枚のメッセージカードが出てきました。そのカードに書いてある内容を見て愕然としました…

 

明らかに浮気の証拠となるものでした。

まさか私も浮気の証拠が出てくるとは思っていなかったので、頭はプチパニック。

しかも、相手は私がずっと懸念していた同僚の女性でした。

そしてそのメッセージカードには、丁寧に手紙を書いた日付を書いてくれていたのですが、ちょうど私が浮気を疑い出したときと同時期…

1度目の浮気の時同様、体全体が冷たくなって震えが止まらないし、動悸がすごくて立っていられなくなりました。

すぐにストーブをつけて体を温め、深呼吸して自分を落ち着かせたら、携帯でメッセージカードの表と裏の写真を撮りました。

財布にメッセージカードを戻して未だ震える手をストーブの前で温めながら、震えが少し落ち着いたら母に電話をしました。

母は1度目の浮気から主人のことは全く信用してなかったので「またか…」と呆れ返っていました。

母が私の話をじっくり聞いてくれて、気持ちがだいぶ落ち着きました。でもその日からほとんど眠れない日が続きます。

若い頃の私だったら浮気を気づいた瞬間殴り掛かる勢いで責めていたけど、今の私は違います。

体調には出たものの、気持ちは冷静でした。

数日ひとりでじっくり考えて、完全に離婚を意識し始めました。

なので『まだ主人にメッセージカードのことを言うべきではないな』と思い【離婚に向けて準備する】という考えにシフトチェンジしました。

証拠集めを始める

離婚を決断した女性はとにかく強いです。もう1度決断したら【その信念は曲げない】と言われているぐらい。

でも、まず離婚となると【とにかくやることがいっぱい】というイメージで、何から手をつければいいのかサッパリでした。

そこで、去年の夏からまた通い始め心療内科の先生に相談しました。その先生は

「そういう悩みを抱えて心療内科に通っている人結構多いんだよ。うちには相談員がいるから1度話聞いてもらっておいで。」

と相談員さんを紹介してくださいました。

相談員さんは男性でしたがとても話しやすく、過去の出来事や現在の状況を自分の頭で整理するように話しました。一通り話したところで

「まずは少し落ち着こうか。」

と相談員さん。自分では落ち着いて話しているつもりでしたが、相談員さんから見たら私はだいぶ”思考と発言”がこう、ガッ!!とイノシシのようになっていたようで…

「来年長男が小学校卒業したら離婚します!子供3人の親権取って広島帰ります!浮気の証拠をつかんで絶対慰謝料取ります!!まずはどうすれば良いですか??」

みたいな。どうやら私は”思考先行型”のようで、気持ちが先走りしすぎて空回りしていたようです。相談員さんは

「離婚がしたいってことは十分伝わったけど、まずは冷静になってね。今日からがスタートだから。」

『まだ始まったばかりだよ』という今の私の状況を改めて気づかせてくれました。

相談員さんに【主人日記】を書いていることを伝えると

「これは僕がアドバイスしたかったことの1つだから、続けてね。いざという時に必要になると思うから。」

相手の行動や言われて辛かったこと、されて辛かったこと、痛かったことなどをその日の日付と共に細かくノートに書いておくことが、将来役に立つかもしれません。

後々もし調停や裁判となったら証拠として提出できるし、そばに誰も味方がいないときは、そのノートがあなたの味方になってくれます。嘘や話を盛るのはダメですけどね。

相談員さんに【法テラス】に行くことを勧められたので、帰ってすぐ調べました。

法テラスのことは、離婚経験者の母から聞いていたので知っていました。

法テラスは低所得だと無料相談ができるけど、相談時間はたったの30分。(主婦は無所得なので無料です)

あらかじめ相談内容を分かりやすくまとめておかないとと思って、過去にされたことから現在に至るまで、紙に覚えている限りを書き出しました。

義実家と期間限定で同居

この頃、義実家が自宅のリフォームをはじめ、少しの間我が家に住むことになりました。

3週間弱同居したのですが、我が家5人+向こうは大人4人。なかなかキツかったです。主人とふたりっきりになることは滅多になかったのが唯一の救いでした。

なぜなら、リフォーム前に義実家交えて私と主人で話し合いをしたからです。

本当はリフォーム後に浮気の事実を話すつもりでした。リフォーム前に話したら同居生活が気まずいものになると思ったので。

でも義実家がうちに来る数日前に、主人が私に手をあげてきたので『もう無理だ』と思って話しました。

ついにみんなの前で「離婚しようと思ってます」と言いました。

理由は、主人の4度目の浮気、お金の手癖と借金癖が未だになおらない、最近キレやすいので怖い。ということ。

子供の面倒に関しても、去年も相当ひどかったけど今年に入ってさらに見なくなったし、休みの日も寝てるか遊びに行ってるか携帯を触っているか。

主人の口癖は「疲れたから横になる。」そして布団に入り携帯を触って寝たいときに寝て起きたいときに起きています。遊びに行って帰ってからも同様です。

仕事が終わってからも、帰るのが苦痛なようでほとんど毎日寄り道してます。誰とどこに行っているかは知りません。

ろくに子育てに参加してないのに子供に対してすぐ怒るのにも腹が立ちます。

主人は【PTA活動に積極的=子育てに協力的なイクメン】とズレた考えを持っています。

昔は確かに協力的でした。私が体調不良のときに公園に連れて行ってくれたり幼稚園の送迎をしてくれたり。

だけど【PTA活動に積極的=俺イクメン!】はまた違います。

本当のイクメンって、学校活動で満足!ではなく、普段から積極的に子育てを楽しんで自らも成長しようとする男性のことを言うんじゃないかなと思います。持論ですが…

話を戻します。一連の話を聞いて、義母はほとんど口を出しませんでしたが、義父は主人の浮気を疑って責めていました。前科があるし、車にも怪しい痕跡があったそうです。

でも最終的に主人は浮気を認めなかった

「なんで俺ばっかり責められなあかんの?本間にもうええわ。」

と言い義実家を出て行きました。つまり話し合いから逃げたのです。自分に不都合なことがあるといつも逃げます。

 

そして、離婚がしたいのがなぜ来年3月かと言うと、プロフィールにも書きましたが長男が今小学6年生で、卒業までいさせてあげたいという気持ちからです。長男は友達にとても恵まれていて毎日楽しく学校に通っています。

中途半端に友達と離れさせるのはとても酷なことだと思いました。どっちにしても中学校という新しい環境に友達が1人もいないという状況もとても酷なのは分かっています。

だけど、今の小学校の卒業式には出させてあげたい…(お父さんについて行くと言われれば中学校は変わらないと思うので話は別です)

義実家が同居の期間、主人は調子に乗って普段言わないことも言ってきました。だけど我慢するしかありません。

疲れが溜まりすぎて倒れそうなときが何度もあったし肩もガチガチだけど、なんとか歯を食いしばりました。

『来年には他人。来年には他人。』そう言い聞かせるしかなかったです。

 

 

あ、余談ですが…

義実家での話し合いの中で「俺は何もしてない。調べたいなら調べれば?」と言われたので遠慮なく調べまくりました。

やっっっっっとつい最近、絶対的な証拠をつかみました。

もう『よっしゃーーーー!!!!』です。(笑)

そのお話もまた今度。

考え方で人は大きく変わる

私の考え方は劇的に変わりました。

ichicoのプロフィール

2018-06-12

(こちらに詳しく書いています)

素晴らしい出会いがあったから私は変われた。がんばろうと思えるようになった。

ひとりで一生懸命考えても解決しないときってあるんです。特に、考える時間ですが夜はお勧めできません。さらにモヤモヤゾーンに突入します。

モヤモヤすると眠れなくなるし、睡眠の質も下がります。

その点、朝は結構バタバタするので、夜よりは沼にハマりにくいと思います。

ひとりで考えることが辛くなったら周りの人に、周りに相談できないならこのような場で同じような悩みを抱えている人を探しても良いです。

自分だけの考えだとどうしても固執してしまい『私は不幸だ…もう幸せになれないんだ…』とか『私の考えは正しい。相手が間違っている』といろいろ思い込んでしまうときがあります。

あと、なにが正解か分からない泥沼にハマりやすいです。実際正解なんてないんですけどね。

だけどその考え方や悩みって、第3者から見たら自分と全然違う意見が出てきたりします。

そのときに新たな発見ができます。新しい世界が広がります。

そういう世界を、私は提供していきたいのです。

ここが、あなたの新たなる発見の場になりますように。

 

プロフィールにも書きましたが、このブログは離婚を推奨するものではありません。

ですが、もしこのブログで少しでもあなたの心が救われたら嬉しいです。

あなた(と、お子さん)の未来が穏やかで、笑顔あふれるものになりますように。

 

長文読んでいただき、ありがとうございました^^

 

 

ichico.

8 件のコメント

  • 私毎日悩み多い過ぎて体調悪い毎日旦那結婚して35年今年金生活定年性格不一致生活費入れないケチルー決まった金額入れるといいのに酒乱暴言暴力警察刑事世話保護何回トラウマに今生き心しない毎日限界内用が違っても浮気大変だと思う不幸幸せになりたいです。保護22日検察官呼び出し夫努力しだけど無駄ストレス溜まる体調悪化弁護士相談何回も酒辞めない離婚思いきって大変この先離婚調停申し立てするつもりです。最低な夫変わらない妻をばかにするから全て許さないまだま有ります。私これから準備面倒に生活貧困財産無し年金だけ―負けません―

    • 宮木有子さん、初めまして。
      コメントありがとうございます!

      とてもお辛い思いをされているのですね。
      読んでいて伝わってきました。

      お身体も辛いですね。

      まずはお身体大切にしていただきたいと思いました。
      身体が一番だと私は体感しました。
      お金よりなにより、身体が元気でないと、どうしようもないです。

      離婚調停を申し立てるということですが、お相手から暴力があると書かれていたので心配です。

      暴力がある場合、慎重に事を進めないといけません。
      役所のDV相談や無料弁護士相談、法テラス(無料法律相談)などにまずは連絡・相談してから、
      ご自身の安全を確保して、調停などに進んだ方が良いです。

      本当に、まずは身の安全です。
      幸せになるために、身の安全です。

      有子さんが安心・安全に暮らせるよう、微力ながら私もお祈りします。

      ここで話しにくいことがあれば、ヤフーメールの方に連絡ください。

      どうかおひとりで悩まれないように。
      無理なさらないでくださいね。

      ichico

  • 私も結婚生活32年歳の差10才
    夫年金受給者で指切断障害年金も貰い月30万以上収入あり
    五年前から経済的DV始り怒鳴る、威嚇、無視時に暴言
    女性相談するもズルズル~
    先だし勝ちのように突然別居強行され公共料金支払いを調停委員通し口座変更迫られてる
    しかし婚姻費用も決まらず度重なる怪我や病にパート休みがちになり私の収入二万に調停委員も一緒に払え❗️もう審判しかないぞと…怖いです不安です
    生活費は通常障害年金も含むのが夫の主張を受け本人から許可ないと厚生年金のみで三万!冗談にも程がある❗️私の収入7万欠ける時もあるのに暮らせない❗️相手は外食、ジム通い新築アパートでのうのうと生活なのに調停委員肩入ればかり
    次回裁判官審判なるみたいです
    指なくとも普通に箸も針も器用に全てこなします、通院も全く無い❗️当初から生活費にあて蓄財してきたのに俺の金一辺倒
    私に住宅ローン完済させておきながら過去の不審な行動も不問にしてきたのに離婚すると訴えられました

    • 夜分遅くにすみません。
      うさぴょんさん、初めまして。
      コメントありがとうございます。

      うさぴょんさん、今とてもお辛い状況なんですね。
      5年前からとありますが、その時になにかご主人さんが変わるキッカケでもあったのでしょうか。

      調停委員とありますが、ご主人さんが調停を申し込まれたのですね。

      どうしてそこまで調停委員さんがご主人の味方をされるか分かりませんが、
      調停委員に不安を感じたり苦情があるとしたら、
      調停事件を担当する裁判書記官か、調停をしている家庭裁判所の総務課に苦情を申し出ることができるそうです。
      (そのときの注意点として、直接担当されている調停委員には苦情を伝えない方が良いそうです。)
      あと、調停委員を変更することも可能だそうですが、調べてみたところ、基本は変更しないことが多いとありました。

      このまま調停を繰り返しても話が進みそうにないばかりか悪化の一途をたどっているようなら、
      一度家庭裁判所に相談してみても良いと思いますし、
      法テラスという無料の弁護士相談を受けられてはいかがでしょうか。
      時間は短いですが、何もしないよりは少しは為になると思います。

      私も法テラスに無料相談しました。
      ブログにもその実録を書いているので、良かったら参考までに見ていただけたらと思います。

      市によっては、役所にも無料弁護士を予約できるところもあります。
      生活が苦しいなら、ソーシャルワーカーさんに相談するのも頭に入れてみてください。

      なにより、おひとりで悩まれないようにしてくださいね。
      解決の糸口がみえますように。

      またなにかありましたらいつでも。

      ichico

  • ichicoさん
    「離婚したい」の一心から様々なページを渡り、ichicoさんのページを拝見しました。
    結婚して12年限界を迎えています。
    違和感を感じ始めたのは結婚4年目、2人目の子供が産まれて間もない頃でした。
    嫁は結婚して1年目に1人目を妊娠して仕事を辞め、子育て1番で生活していました。
    つわりが始まってからは辛いだろうと思い、家事の半分を担ってきました。
    そして2人目が産まれた頃からは「早く家に帰れ」「家事はして当たり前」の感じが強くなり、夫婦仲が悪くなっていきました。
    その頃、家計の事で喧嘩をする事が増えて帰宅が億劫になって来ました。
    帰りが遅くなれば、洗濯するのは当たり前と言わんばかりに洗濯物は残したまま8時には子供と共に寝る、と言う日常になりました。
    家計を任せれば、支払い状況を把握せず、カードの残高不足でカード会社から連絡が来たり、子供のお祝いなどで頂いた貯金を使い果たすなど、何も信用できる面が無くなりました。
    同時期にセックスレス(眠いなど、拒まれ続けて)で離婚の話し合いも数度行いました。
    離婚の話し合いでは「離婚したら子供に会わせない」「全ての縁を切る」など脅しに近い言葉を吐かれ、親権が取りにくい父親としては子供と会えなくなるのは耐えづらく、我慢の日々でした。
    家庭内別居状態で、子供と一緒にいられることが幸せでしたが、最近またお金の事で呆れる一言を吐いたので、「もう限界」と感じて、改めて離婚を考えました。
    今、少し疲れてしまい。全てにおいて気力を無くしてしまいました。
    愚痴だけのメッセージですみません。

    • はうすミカンさん、コメントありがとうございます。
      認証が遅くなりすみません。
      ブログも、たくさんの中から見つけてくださりありがとうございます。

      読ませていただきました。
      読んでいて最初に感じたのは、奥さんと私が少し似ている部分があるということ。

      似ている部分というのは、
      仕事が終わったらすぐ家に帰るよう何度も言っていたこと。
      家事はして当たり前とまでは言っていないけど(思ってた時もありました)、育児は必ず夫婦でやるもの、家事もできるだけ手伝ってほしいしやってもらっていたこと。
      子供の寝かしつけの時に一緒に寝てしまっていたこと。
      私が拒み続けてセックスレスだったことなどです。

      私が浮気されたことも私にも原因があったと、のちに深く反省しました。
      浮気はもちろんいけないことですが、外に癒しを求めたくなるほど追い詰めたのも私です。
      そんな経験があったからこそ、はうすミカンさんの苦しみも、奥さんの苦しみも、少しは理解しています。

      はうすミカンさんは、つわりで苦しんでいる奥さんのために家事を分担されたこと、とてもすごいことだと思います。尊敬します。
      外での仕事も本当に大変だと思います。
      毎日本当にお疲れさまです。
      帰ってから家事が待っていると思うと、安らげない気持ちもあるのだと思います。

      ただ、奥さん目線で少しお話しさせてもらうと、私の場合はですが、いっぱいいっぱいだったんですよね。
      心に余裕がなかったんです。(ごめんなさい、言い訳ですよね)
      専業主婦は、外で働いている時よりかなり視野が狭くなりがちです。寂しいんです。外とのつながりがなくなったようで。
      だから早く帰ってきて欲しい。(私は、です)
      奥さんがどんな気持ちだったかはわかりませんが、少なくとも家にこもって育児する大変さはわかります。

      だからといってカードや頂いたお金の使い過ぎは心配ですね。
      はすうミカンさんが管理することは難しいのでしょうか?

      親権に関してもそのように言われてきてお辛かったですね。
      家庭内別居状態でお子さんは大丈夫でしょうか。
      はうすミカンさんのお身体も心配です。

      内情を知らないのに的外れなことを言っていたらすみません。
      いつでも吐き出しにきてください。
      ブログのメールの他にもインスタグラムでもメッセージを受け付けていますので、いつでも来てくださいね。

      ichico

  • 旦那とそっくりな人がいてびっくりしました
    お金は勝手に財布から抜かれる、給料はごまさすか(言い訳三昧)、月3万入れるかいらないかです
    DVもありました、、、浮気もされ離婚も考えましたが、長女があと一年で卒園するのでそれまでの我慢と思い必死に耐えてます、、、
    浮気がバレたから一度も証拠は残ってませんが
    多分現在も浮気してると思います
    私も持病が同じなので
    数値も上がり気味でひたすら耐えてます、、、
    浮気の証拠さえ出てくれば
    少しは楽というか、慰謝料請求できたりするのに、、、
    ずっともやもやがとれません

    • りこさん、コメントありがとうございます。
      認証が大変遅くなってしまい申し訳ございません(:_;)

      私と同じ部分がたくさんあって驚きました。
      とてもお辛いですね。。
      まず給料月3万でどうやって生活できるんでしょう。
      DVも本当にお辛かったと思います。

      同じ持病ということはバセドウでしょうか。
      バセドウはストレスでかなり数値上がりますし、動かなくても痩せていくのでしんどいですよね。
      私の場合、離婚の話し合いをしているときはバセドウの数値はそこまで高くなかったけど、
      精神的な病気になってしまい病院に何度もお世話になっていました。
      りこさんは今相当心が疲弊しているのではないかと思います。お身体が心配です。

      私もりこさんと同じように、「長男があと一年で卒業だから…」と何度も我慢してきました。
      私のブログを読んでくださっていたら知っているかもしれませんが、
      離婚せず我慢していたことで長男が大阪に残ることになってしまい、私は激しく後悔しました。
      私がそうだったからといってりこさんが同じようになるとは言えませんが、
      もしりこさんが今の苦しい状況から一刻も早く抜け出したいと思われるなら、
      我慢する必要はないと思いました。

      お子さんのことを考えて足踏みしてしまうお気持ち、痛いほどわかります。
      しんどいですよね。とても辛いですよね。
      たとえ旦那さんが浮気していたとしても、その証拠を探す行為でさえ辛いと思います。
      私もそのときは必死でしたが、何度くじけそうになったか、、、

      お役に立てるかは分かりませんが、お話ならいつでも聞きますので、
      ここでも、メッセージでも、メールでも、インスタの方のメッセージでも、いつでも!連絡くださいね。
      おひとりで悩まず、どうかお身体を大事にしてください。

      ichico

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